鷲神社本殿

鷲神社は、古くから先崎村やその他近隣村々の鎮守として崇敬されてきたと考えられる神社です。祭神は天日鷲命です。創立の年代は不詳ですが、磯部正言の「佐倉風土記」によると、承平7年(937)に朱雀天皇の勅命のより慈恵僧正による創立といいます。この鷲神社の本殿は、天保15年(1844)に建立されたものであり、この時の大工棟梁は下高野村(現八千代市下高野)の立石菊右衛門藤原元隆です。本殿の柱や四面の彫刻は中国の故事を題材としたものであり、作者は上野国の星野理三朗政一であり、そのすぐれた技巧には目を見はるものがあります。この本殿の台座には、建立に際して奉納金を出した人の名前と村名が刻まれており、地元の先崎村以外の近隣村々の人命も多い。このことからも、この鷲神社はかなり広い地域の人々の信仰を集めていたことがうかがえます。      

この石造の鳥居は、江戸時代中期の寛文13年(1673)に建立されたものです。明神鳥居の形式をもつこの鳥居は高さ388p、横巾577pで、石造の鳥居としては市内でも大きい部類のものです。作者は、深河(川)の石屋五郎兵衛で、建立したのは定宥です。この鳥居には、次の銘文が刻まれています。(右)本願目宥法員奉新造立石鳥居_宇天下太平国土安全之倣、建立主 定宥(左)寛文十三発丑天  下総国葛飾郡庄内庄先崎村鷲王山正学寺鷲福院 深河 石屋五郎衛門  作  六月吉日                                                               
                                               担当 高橋一夫